シンポジウム内容.1

【日時】2018/12/9 日本犯罪心理学会第56回大会(奈良女子大学主催、奈良県立文化会館)
大会企画ミニシンポジウム2:犯罪捜査と記憶

企画・司会尾藤 昭夫(奈良県警察科学捜査研究所)
話題提供者小川 時洋(科学警察研究所)
尾藤 昭夫(奈良県警察科学捜査研究所)
和智 妙子(科学警察研究所)
指定討論者桐生 正幸(東洋大学)
中園 江里人(近畿大学)(非会員)

※犯罪心理学研究 2018年 第56巻特別号 日本犯罪心理学会第56回大会発表論文集 p236~239、242、243を参照に尾藤が要約したものです。

企画の趣旨等

尾藤 昭夫(奈良県警察科学捜査研究所)

1. 企画の趣旨

 本シンポジウムでは、誤認逮捕・冤罪の防止対策として、心理学関係では心理学的知見を用いた取調べとポリグラフ検査の活用するための努力について紹介した。

まず、物証、状況証拠のみによる事実認定も誤認逮捕・冤罪の危険性を免れていないことを指摘した。スポット的な証拠である物証、状況証拠から事実認定を行うにはストーリー的な再構成を必要なため誤りが混入する可能性がある。しかし、事件関係者の記憶を調べることでこうしたリスクを回避できる可能性がある。

2. 話題提供について

科学警察研究所の小川先生に「記憶検出技術としてのポリグラフ検査」という題で日本のポリグラフ検査の特徴や最近の発展を紹介していただいた。さらに、取調べに先立って事件の記憶の有無をポリグラフ検査で確認することが、虚偽自供による誤認逮捕・冤罪の防止に役立つことをお話しいただいた。

次いで、企画者の尾藤が「犯罪捜査における記憶の重要性について」という題でポリグラフ検査を用いて誤認逮捕を回避したニアミス事例を紹介した。

科学警察研究所の和智先生には「被誘導性と取調べ」という題で、取調べをどのように行うべきかを、取調べにおける被誘導性に関する最近の知見をもとにお話しいただいた。

3. 指定討論

東洋大学社会学部の桐生先生は、まず、法曹界の心理学的知見を用いた取調べとポリグラフ検査に対する評価が芳しくない点に注意を喚起された。しかし、「捜査」、「裁判」、「弁護」は人間が行うものであることから、「心理学」は支援できるはずと主張された。犯罪には「ありそうにないこと」も起こり得るのであり、「不可能なのことではない」と警戒を怠らない姿勢が重要である。このようなアブダクショナルな視点が事実認定における誤りを防止するのであり、その点でも心理学の支援は役立つと述べられた。

近畿大学法科大学院の中園先生は、まず、松江地裁平成23年2月8日判決を紹介された。この裁判例では、ポリグラフ検査結果が有罪の重要な証拠とされている。しかし、『科学的証拠とこれを用いた裁判の在り方』(法曹会、平成25年)では、ポリグラフ検査の結果は裁判員裁判では基本的には証拠に採用すべきではないと主張され、以降、ポリグラフ検査結果は証拠に採用されなくなっている。法曹会(平成25年)はポリグラフ検査を正しく理解しているにもかかわらず、証拠能力に関しては否定的に捉えている。しかし、心理学関係者からその理由の理解が得られているわけではない。そのため、心理学関係者と法学関係者の間で議論が必要と指摘された。

また、刑事訴訟実務の観点から、心理学的知見を用いた取調べについては肯定的に評価された。取調べ過程は確認・検証できるように保存されるべきで、調書作成方法、録音録画の方法の改善も考えるべきと主張された。

文責 尾藤

話題提供1「記憶検出技術としてのポリグラフ」

小川 時洋(科学警察研究所)

1. はじめに

隠匿情報検査(concealed information test、CIT)に基づいたポリグラフ検査では、事件に関わった人物しか知り得ない事件情報を知っているかどうかを調べる。CITは、事件事実を明らかにするうえで重要である。

2. CITの概要

CITは生理指標を用いた多肢選択式質問の再認テストと言え、検査対象者が事件情報を知っている者であれば他の項目と異なる反応を示す。つまり、記憶に対応した質問に生起すると考えられる弁別的反応を利用したものである。現在の警察実務では、皮膚電気活動、呼吸活動、心拍数、規準化脈波容積が測定されている。

日本のみがCITを実際の犯罪捜査で大規模に用いられていると言われている(Rosenfield、2018)。質問法には2種類あり、犯罪情報と対応する内容の記憶の有無を調べる裁決質問法は海外でも使われている。しかし、そのような事前情報がない状況で質問中に記憶と一致する項目があるかどうかを調べる探索質問法は海外ではあまり使用されていない(Osugi、2018)。

3. 近年の技術的動向

21世紀に入り、デジタル式ポリグラフ装置が開発され活用されるようになった(廣田他、2005;小林他、2009)。また、規準化脈波容積(廣田他、2004)、呼吸測定・解析の改良(Matsuda & Ogawa, 2011;小川他, 2012)が新たに導入されている。

小川他(2013)のCITの妥当性についての研究では、記憶の有無が“不明”と判定されたケース(20%)を除外すると、記憶あり群の実験参加者の86% が“記憶あり”と判定され(感度)、記憶なし群の実験参加者の95%(特異度)が “記憶なし”と判定された。この結果も含めてCITは、心理学では稀といっていい良い識別性・効果量を示す(Ben-Shakhar & Elaad、2003;ヴレイ、2007/2016)。また、実務の検査では複数の質問表で検査を実施しており(小林他、2009)、複数の質問表の検査で偽陽性が生じる可能性は低い。

4. ポリグラフ検査の意義と限界

CITを用いたポリグラフ検査は、捜査官や裁判官(員)等の検査対象者と事件への関与等を検討するさい、有用な情報となり得る。供述の信用性も検査結果と供述との照らし合わせることで評価可能で、虚偽自供に起因する誤認逮捕や冤罪の防波堤(警察庁、2010)にもなるであろう。

もっとも、記憶の検査であり、忘却、勘違い等の影響はある。また、事件情報をどうやって知り得たのかまでは明らかできない。

5. おわりに

近年の進歩にもかかわらず、現在も法曹界のポリグラフ検査に対する評価は高いものではない。ポリグラフ検査をウソ発見・虚偽検出と見なす誤った理解が近年の技術的・概念的な進歩への無理解を生んでいる可能性が考えられる。

文責 尾藤

Ben-Shakhar, G. & Elaad. (2003).The validity of psychophysiological detection of information with the guilty knowledge test:  a meta-analytic review,Journal of applied psychology, 88, 131-151.
廣田昭久・澤田幸展・田中豪一・松田いづみ・高澤則美(2003).新たな精神生理学的虚偽検出の指標:規準化脈波容積の適用可能性,生理心理学と精神生理学,21,217-230.
廣田昭久・松田いづみ・小林一彦・高澤則美(2005).携帯用デジタルポリグラフ装置の開発,日本法科学技術学会誌,10,37-44.
警察庁(2010).足利事件における警察捜査の問題点等について(概要).警察庁
小林孝寛・吉本かおり・藤原修司(2009).実務ポリグラフ検査の現状,生理心理学と精神生理学,27,5-15.
Matsuda, I & Ogawa, T.(2011).Improved method for calculating the respiratory line length in the Concealed Information Test, International Journal of Psychophysiology, 81, 65-71.
小川時洋・松田いづみ・常岡充子(2013).隠匿情報検査の妥当性-記憶検出技法としての正確性の実験的検証,日本法科学学会誌,18,35-44.
Osugi, A.(2018).Field findings from the Concealed information Test in Japan, Detecting concealed information and deception: recent developments, 97-121.
Rosenfield, J. P.(2018).Detecting concealed information and deception: recent developments,Academic Press.

話題提供2「犯罪捜査における記憶の重要性について」

尾藤 昭夫(奈良県警察科学捜査研究所)

PDF参照 ≫

話題提供3「被誘導性と取調べ」

和智 妙子(科学警察研究所)

1. はじめに

被疑者や参考人から事件についての正確な情報を得るのが取調べの目的である。虚偽自白の要因の1つが被誘導性であり、これに対処できなければならない。被誘導性には、誤情報パラダイムと関係した聴取による被誘導性(investigative suggestibility)、社会的な相互作用、高圧的な面接方法と関連する尋問による被誘導性(interrogative suggestibility)がある(Ridley, Gabbert & La Roomy,2012)。

2. 被誘導性に関する近年の研究

⒧. 聴取による被誘導性の研究

渡邊他(2017)は、模擬窃盗場面を用いて、被誘導性の影響を検討した。結果、面接が当日の間であると誘導が起こりにくく、本人の行動は誘導されにくいとわかった。また、はい・いいえ質問で、選択式質問や誘導質問よりも誘導が起こりにくいこともわかった。

⑵. 聴取および尋問による被誘導性の研究

Wachi et al.(in press)は誘導の影響を除去できるかどうかも検討した。結果、「答えがたくさん間違っていた」との否定的なフィードバックは誘導質問への被誘導性は高めるが、否定的フィードバックが誤っていたと謝罪すると誘導質問への被誘導性が高くならないことがわかった。

⑶. 尋問による被誘導性の研究

Chroback & Zaragoza(2013)は、実験者が実験参加者に強いて誤った情報を生成させた場合の記憶への影響を検討した。実験参加者は作話を捏造させられると、捏造した内容を目撃した内容に組み込んでしまう。また、捏造した内容が因果的な説明を可能にするものであると、偽りの記憶を生成する傾向が高まることもわかった。

3. 取調べ手法について

⒧. 国民の意見の研究

和智(2018)は、大学生を実験参加者とした実験、自分が裁判員であると考えた場合に、オープン質問の取調べをより適正と判断され、自白は真実の可能性が高く、より信頼できると判断されることを確かめた。

⑵. 警察における研修

被誘導性の影響の少ない供述証拠が得るには、事件発生後なるべく取調べをする、目撃内容の場合は特に誘導しないように注意する、毎回の取調べでは自由再生質問で開始する、誤って誘導してしまったら謝罪する、無理矢理想像させて答えさせない等に留意して取調べを行なえばよいと考えられる。また、オープン質問の取調べは社会的に適正と認められる可能性が高いと考えられる。警察大学校では、都道府県警察の警部対象の研修を実施し、記憶の特性や発問方法などに関して教養している。そして、自由再生質問や促しが増え、獲得情報量が増加するとの結果が得られている(増田・和智、2018)。

文責 尾藤

Chroback & Zaragoza(2013).When forced fabrications become truth: causal explanations and false memory development, Journal of experimental psychology: general, 142, 827-844.
増田明香・和智妙子(2018).警察大学校における取調べ研修の効果-獲得情報量と発話技術について-,犯罪心理学研究,56,1-12.
和智妙子(2018).取調べにおける発問方法に対する大学生の意見,犯罪学雑誌,26-33.
Wachi et al.(in press). Comparison between Japanese online and standard administration of post-warning, Legal and Criminological Psychology.
渡邊和美他(2017).発問による誘導-実体験からの経過時間の影響-犯罪心理学研究、55,特別号,28-29.

指定討論1

桐生 正幸(東洋大学)

PDF参照 ≫

指定討論2

中園 江里人(近畿大学)

企画の趣旨等 参照